実を言うと単位はもうだめです。突然こんなこと言ってごめんね。でも本当です。2,3日後にものすごく赤い点数が返ってきます。それが終わりの合図です。程なく大きめの課題が来るので気をつけて。それがやんだら、少しだけ間をおいて終わりがきます。
- Twitter / @Charlie_NPC (via highcampus)
いやさ、昔、谷村新司の「セイヤング」っていう深夜放送があってね、ボクが中学時代だから、もう35年くらい前かなぁ、そこでね、「百恵ちゃんと同じウンコをしよう!」ってコーナーがあってさ。
これ、「明星」だったか「平凡」だったかに「百恵ちゃんの今週の献立」みたいな小さなコーナーがあって、その週に彼女が食べたメニューが簡単に載っていたわけ。朝昼晩。目玉焼きとトースト、とか、カレーライスとヨーグルト、とか、アジの塩焼きとご飯、みたいに。
で、彼女と同じメニューを同じ順番で毎日食べ続ければ、憧れの彼女と同じウンコが出るはず! っていう素晴らしくおバカな企画でさー!
いや、マジ、企画者すごいなと。
昔は出会いの場は少なかった。だから狭い世界で出会った人と、多少のことは目をつむって暮らしてきた。昔の大人は我慢強かった。世界が狭いがゆえに、そこで生きて行くしかないことをよく知っていた。狭い世界は、15年や20年も人生を送れば一通りのものが見られた。その世界の外側があることは認識してても、届くものではなかった。好奇心は失われ、黙々と生きる日々を送ることができた。
いま、世界は事実上の無限に広がっている。人々との出会いはいくらでもある。聞いてすらもらえなかった話を聞いてくれる人々にもどんどん出会える。
住みたいところに住み、食べたいものを食べ、寝たいところで寝る。そんなのもそう難しい話ではなくなった。
広がりすぎた世界にいると、好奇心の満足することがない。飽きることがない。だって世界は無限だし。
好奇心を失うことが大人になることだった時代は、そこで終りを告げる。昔の大人から見れば、いつまでたっても子供のままに見えるだろう。落ち着くことがない。だってまだまだ新しいものが見えるし。
どう考えても若者論より「大人論」のほうが必要ですという記事。この内容には大きく共感するものがある。無限の時代に生きる我々は、新しい大人像を模索する必要がある。
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「豊かすぎる時代」には、大人の在り方も変わるのか。
(via fintopo)
978 名前:水先案名無い人 本日のレス 投稿日:2006/05/23(火) 00:48:08
中学生のころ日常的にいじめを受けてました。
作ってもらったお弁当を捨てられたり、メジャーで怪我をさせられたりしました。
試験前なのに荷物持ちとして遊びに付き合わされたことも何度かありました。
その他いろいろなことがあって成績は急落し、対人関係が怖く登校拒否になり、
今はいわゆる引きこもりを続けてる状況です。
精神科に通っているのですが、先日帰り道で私をいじめていた人と会いました。
話しかけられたので応じましたが、あちらはいじめのことをあまり覚えていない様子でした。
今何やってるの?と聞かれて、家で過ごしていると答えると
「ふーん、要するにニートなんだろ?」と言われました。
彼は都のニート対策の企画に携わってると言い、私のことを根掘り葉掘り聞いてきました。
それからと言うもの定期的に家を訪れては、
社会にとってのニートの存在の害などを説教していきます。
「もし社会復帰したら自分のおかげであることを投書してほしい」と
言われました(そっちが本音?)。
「お前は周りの同世代と比べて人生をほとんど楽しめてないんだぞ、このままでいいのか」と
言われた時は、彼が帰った後泣きました。
「あなたにいじめを受けていたせいだ」とは言えず、今日までずるずると生き延びてきました。
構図としては引きこもりのニートとそれを説得する都の役員。
周囲の人間がどちらに味方するかはわかっています。
彼からの圧力がだんだん増してきていてもう耐えられないので、
明日から自分でもできるバイトを探したいと思います。
「これだけかまってやったんだから、初のバイト代が入ったらおごれよ」と言われています。
おごることになりそうです。
801 :名無しのオプ:2005/08/24(水) 09:31:27 ID:oPOtr5vl
いじめられっ子がいじめ原因でニートになって、いじめっ子や見て見ぬフリしてた奴らが
社会人になってニートを非難してるんだよな。おかしな世の中になったもんだ。